有頂天家族。京都を舞台に、狸と天狗と人間が暮らす話。
設定だけ聞くと意味がわからないけど、「ダメな自分をどう受け入れるか」の話だった。
矢三郎の「面白きことは良きことなり」
主人公の矢三郎。狸。基本的にふざけてる。真面目にやらない。
でもこの「面白きことは良きことなり」という生き方が、見てるとだんだん沁みてくる。
効率とか生産性とか、そういうのを一切無視して、「面白いかどうか」だけで動く。
わたしたちは「意味があるか」「役に立つか」で判断しすぎてる。矢三郎を見てると、「面白いから」で十分じゃないか って思える。
父の死と「受け継がなくていい」
矢三郎の父は偉大な狸だった。でも食われて死んだ。
普通なら「父の遺志を継いで」みたいな展開になる。でも矢三郎は継がない。自分の道を行く。
親の期待、先代の遺志、上司の方針。「受け継がなきゃ」の呪いって重い。
矢三郎は軽やかにその呪いをスルーする。継がない。でも忘れてもいない。この距離感がいい。
弁天の「手に入らないもの」への執着
弁天は強い。美しい。何でもできる。でもどこか満たされてない。
手に入らないものへの執着。持ってるものに目が向かない。
これ、承認欲求とも繋がる。「もっと」「もっと」で走り続けると、今あるものの価値が見えなくなる。
矢三郎と弁天の対比が面白い。「足りないけど楽しい」と「足りてるけど虚しい」。


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